親が認知症を発症し、施設に入所していた期間の通帳を相続開始後に確認したところ、多額の出金が繰り返されていた——使途不明金の相談の中でも、この「認知症+施設入所」のパターンは典型的なものの一つです。 実務の感覚として、こうした事案の多くは、認知症が重度だから起きるのではありません。本人は意外と自分でできることも多い状態であっても、施設に入所したことをきっかけに、同居していた、あるいは近くに住む家族が通帳とキャッシュカードを管理するようになり、そこから出金が始まる——この構造が典型です。本記事では、認知症の親の口座からの出金が問題になった場合の法的な対応を、施設入所ケース特有の争点を中心に解説します。

法的構成——不当利得返還請求と不法行為

本人の意思に基づかない出金があった場合、法的には、出金者に対する不当利得返還請求(民法703条・704条)または不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)として構成します。被相続人が生前に有していたこれらの請求権を、相続人が相続分に応じて承継し、行使するという枠組みです。 実務では両者を併せて主張することが多く、どちらの構成を軸にするかは、出金の態様・時期・立証資料の状況によって判断します。なお、相続開始後の出金(死亡後の払戻し)については、これとは別の枠組みで整理する必要があります。

「認知症だから無効」ではない——意思能力の程度の問題

注意すべきなのは、認知症の診断があることと、出金が本人の意思に基づかないことは、直結しないという点です。認知症と一口に言っても程度は様々で、施設に入所していても、日常的な判断は十分にできる方は多くいます。本人が了解した上で家族に金銭管理を任せ、生活費や施設利用料の支払いを委ねているのであれば、その範囲の出金は法的に問題になりません。 したがって、返還請求を検討する側は、「認知症だった」という一点に頼るのではなく、出金の時期・金額・頻度と、本人の状態・生活状況・使途の説明とを突き合わせて、本人の意思や利益と整合しない出金を特定していく作業が必要になります。診断書・診療録・介護認定記録・施設の生活記録などは、本人の状態を時系列で把握するための基礎資料になります。

施設入所ケース特有の構造——「本人に現金を渡した」という説明が成り立ちにくい

施設入所ケースには、在宅ケースにはない特徴があります。多くの施設では、入所者の現金の持ち込みが禁止されているか、ごく少額に制限されているという点です。 この事実は、出金者側の説明の選択肢を大きく狭めます。在宅で同居していたケースであれば「引き出した現金は本人に渡した」「本人に頼まれて買い物をした」という説明が一応成り立ちますが、施設入所中の親に多額の現金を渡したという説明は、施設の現金管理ルールと矛盾するため、主張しにくいのです。 その結果、実務でよく見られるのは、出金者側が金銭を管理していたこと自体は認めた上で、「無駄には使っていない」「本人のための支出だった」という反論に軸足を置くパターンです。つまり争点は、「誰が出金したか」ではなく「引き出した金銭が適正に使われたか」に絞られていきます。

争点が「使途の適正さ」に移った後の攻防

使途の適正さが争点になると、勝負を分けるのは説明の具体性と裏付け資料です。 施設利用料・医療費・介護用品などの本人のための支出は、施設や医療機関への支払記録と照合できます。これらの正当な支出を出金総額から差し引いてなお説明のつかない部分が、返還請求の対象として浮かび上がります。出金者側の説明が「生活費や諸経費として包括的に使った」という大まかなものにとどまり、個別の出金と使途の対応関係を示せない場合、その説明の抽象性自体が、請求側にとって有利な事情になります。 請求する側としては、金融機関から取引履歴を取得した上で、出金の時期・金額を一覧化し、施設利用料等の判明している支出と対応付ける作業が出発点になります。この整理によって、「説明を要する出金」がいくらあるのかを客観的な形で示すことができます。取引履歴の取得方法については被相続人の預金を調べる方法で解説しています。

成年後見が付いていれば、そもそも起きにくい

なお、本人に成年後見人が選任されていた場合、財産管理は後見人が行い、家庭裁判所の監督下に置かれるため、家族による使途不明な出金という問題は基本的に生じません。使途不明金の紛争は、後見等の法的な財産管理の仕組みが入らないまま、事実上家族の一人が通帳を管理していた場面で起きるものです。 これは裏を返せば、親が施設に入所し、家族の誰かが金銭管理を担う状況になった時点で、任意後見や家族信託、あるいは支出記録の共有ルールといった仕組みを整えておくことが、将来の相続紛争の予防になるということでもあります。

弁護士への相談について

認知症の親の口座からの出金の問題は、本人の状態の立証、施設の現金管理ルールの確認、出金と使途の突き合わせと、資料の収集・整理が結論を左右します。時間が経つほど取引履歴や施設記録の取得が難しくなるため、疑問を持った段階で早めに動くことが重要です。 「通帳を見て疑問はあるが、不正と言い切れるか分からない」という段階でも、まずはご相談ください。返還請求が見込めるかどうかの判断基準については親の通帳に多額の出金がある|使途不明金として返還請求できるか判断するポイントを、使途不明金問題の全体像については使途不明金・生前出金のページをご覧ください。