相続が開始した後、被相続人名義の建物に一部の相続人がそのまま住み続けることは珍しくありません。このような場合、他の相続人から、「その建物を明け渡してほしい」「一人で住んでいる以上、賃料相当額を支払ってほしい」といった不満が出ることがあります。
もっとも、この問題は、通常の賃貸借や所有権に基づく明渡請求と同じようには考えられず、共有者間での利用関係に準じて検討する必要があります。相続開始後、遺産分割が完了するまでの間、相続財産は共同相続人全員の共有に属するからです(民法898条)。

遺産共有の建物を一人の相続人が使っている場合

遺産である建物は、遺産分割が終わるまでは共同相続人全員の共有状態にあります。そして、共有物については、民法249条1項が、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をすることができると定めています。したがって、相続人の一人が建物を使用しているからといって、そのことだけで直ちに違法占有になるわけではありません。

もっとも、相続人の一人が建物全体を占有していると、他の相続人からみれば不公平感が強くなります。そこで問題になるのが、その占有に法律上の根拠があるかどうかです。特に、被相続人の生前から同居していた相続人については、占有権原の有無が重要になります。

被相続人と同居していた相続人についての最高裁判例

最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決は、この点について重要な判断を示しています。
この判決は、共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て建物に同居していた場合には、特段の事情のない限り、被相続人とその同居相続人との間で、相続開始から少なくとも遺産分割終了までの間は、建物を無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるとしました。つまり、その相続人は、遺産分割が終わるまでの間、使用貸借契約に基づいて建物を使用しているものと扱われ得るということです。

この判例の意味は大きく、被相続人と生前から同居していた相続人については、他の相続人が直ちに明渡しや賃料相当額の支払を求めることは難しい場合が多い、ということになります。被相続人の許諾のもとで居住していたという事情がある以上、遺産分割が終わるまでは、その居住を保護する方向で考えるのが最高裁の立場です。

改正民法249条2項との関係

もっとも、現在は共有物の使用に関して、改正民法249条2項が置かれています。同項は、共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、自己の持分を超える使用の対価を他の共有者に償還する義務を負うと定めています。これは、共有者の一人が共有物を単独又は持分を超えて使用している場合に、他の共有者が使用対価の支払を求めるための根拠規定です。なお、この規定はあくまで使用対価の償還請求の根拠であって、明渡請求の根拠にはなりません。

ここで重要なのは、平成8年最判との関係です。
前記最高裁判例が問題にしたのは、被相続人の許諾を得て生前から同居していた相続人について、遺産分割終了まで無償使用の合意があったものと推認できる事案です。このような事案では、改正民法249条2項の但書にいう「別段の合意」があると整理される可能性が高く、改正後であっても、同条2項に基づく使用対価請求はなお困難と考えられます。

したがって、改正民法249条2項によって、遺産分割前であっても常に賃料相当額請求ができるようになったとまではいえません。平成8年最判の射程に入る典型事案、すなわち、被相続人の許諾を得て生前から同居していた相続人については、なお同判例の考え方が妥当し得るとみるのが自然です。

249条2項が問題になり得る場面

他方で、平成8年最判の射程が及ばない場面では、改正民法249条2項を利用できる余地があります。たとえば、相続開始後に一部の相続人が単独で占有を始めた場合や、被相続人の許諾に基づく居住とはいえない場合、もともと無償使用の合意があったとは認めにくい場合などです。このような事案では、遺産分割前の相続人間であっても、共有持分を超える使用の対価として、同条2項に基づく償還請求を検討することができます。

つまり、改正民法249条2項の実務的な意味は、平成8年最判が保護した類型の外側にある事案について、使用対価請求の法的根拠をより明確にしたところにあります。遺産共有だから当然に無償使用といえるわけではなく、無償使用の基礎がなければ、共有者間でも対価償還の問題が生じ得るということです。

明渡請求はどのような場合に問題になるか

明渡請求は249条2項とは別問題です。249条2項は金銭請求の根拠であり、占有者を建物から排除する根拠そのものではありません。

遺産分割前の段階で明渡しまで求める場合には、共有物の管理・使用方法の変更の問題として、共有の管理に関する規律や、占有権原の有無を踏まえて検討する必要がありますが、通常の使用をしている状態であれば、明渡請求が認められるべき法的根拠は明確ではありません。

これに対して、遺産分割が成立して建物の帰属が確定した後は、当然、建物を取得した相続人がその権利に基づいて占有者に明渡しを求めることができるのが原則です。占有を継続しようとする相続人が積極的にその理由・根拠を明らかにしなければ、訴訟においても明渡しが認められる可能性は高いと考えれます。

実務上は遺産分割の中で解決することが多い

このように、遺産分割前の段階では、占有相続人に対する明渡請求も賃料請求も、事案によって結論が分かれます。特に、被相続人と生前から同居していた相続人については、平成8年最判の射程が及び、使用対価請求が難しい場合があります。他方で、その射程外の事案では、改正民法249条2項に基づく対価償還請求を検討する余地があります。

もっとも、実務上は、この問題を単独で争うというより、遺産分割の中で建物の帰属を確定し、その不公平感を代償金などで調整する方向で解決することが多いです。現に住んでいる相続人に建物を取得させるのか、売却するのか、一定期間の居住継続を認めるのかまで含めて全体調整した方が、紛争の抜本的解決につながりやすいからです。

まとめ

相続財産である建物を一部の相続人が占有している場合でも、遺産分割前であれば、明渡請求や賃料相当額請求が直ちに認められるとは限りません。特に、被相続人の生前から許諾を得て同居していた相続人については、最高裁平成8年12月17日判決により、遺産分割終了までの無償使用が推認されるとされています。

他方で、改正民法249条2項は、共有物を持分を超えて使用する共有者に対し、使用対価の償還請求を認める根拠規定であり、平成8年最判の射程外にある事案では、遺産分割前の相続人間でも活用を検討し得ます。もっとも、明渡請求とは別問題であり、結局は、占有の経緯と遺産分割全体の方針を踏まえて整理することが重要です。

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