遺留分侵害額請求において、「生前贈与がどこまで計算に含まれるか」は、請求額を大きく左右する重要な問題です。相続開始時に残っていた財産だけでなく、被相続人が生前に行った一定の贈与は、遺留分算定の基礎財産に加算されます。しかし、全ての贈与が対象になるわけではなく、贈与の相手・時期・性質によって扱いが異なります。
本記事では、生前贈与が遺留分の計算に含まれる場合と含まれない場合の基準を整理し、実務上問題になりやすいポイントを解説します。
相続人に対する贈与——10年ルール
相続人に対する贈与は、相続開始前10年以内にされたものが、遺留分算定の基礎財産に算入されます(民法1044条3項)。この10年という期間制限は、2019年7月施行の相続法改正で導入されたルールです。改正前は、相続人に対する特別受益にあたる贈与は期間の制限なく算入されるという運用が判例上定着していたため、何十年も前の贈与まで争点になることがありました。改正により、原則として10年で区切られることになりました。
また、算入されるのは全ての贈与ではなく、「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与」、つまり特別受益にあたる贈与に限られます。日常的な小遣いや通常の援助は対象になりません。
第三者に対する贈与——1年ルール
相続人以外の第三者に対する贈与は、相続開始前1年以内にされたものが基礎財産に算入されます(民法1044条1項前段)。内縁のパートナーへの贈与、孫(代襲相続人でない場合)への贈与、団体への寄付などがこれにあたります。相続人への贈与よりも算入される期間が大幅に短いのは、第三者の取引安全への配慮によるものです。
期間制限の例外——「加害の認識」がある場合
10年ルール・1年ルールには例外があります。贈与の当事者双方が「遺留分権利者に損害を加えることを知って」贈与をした場合には、期間の制限なく基礎財産に算入されます(民法1044条1項後段)。
たとえば、遺留分を減らす目的で意図的に早い時期から財産を特定の相続人に移していたような場合が想定されます。もっとも、贈与の当事者双方に加害の認識があったことを立証するのは容易ではなく、実務上この例外が認められるケースは限定的です。
重要な非対称性——請求者側の特別受益には期間制限がない
ここまで説明した10年ルールは、遺留分算定の「基礎財産に何を算入するか」という場面のルールです。これと混同しやすいものの、まったく別の扱いになるのが、請求者自身が受けた特別受益の控除です。
遺留分侵害額を計算する際には、遺留分権利者(請求する側)自身が受けた特別受益の額が、請求できる額から差し引かれます(民法1046条2項1号)。そして、この控除される特別受益には期間制限がありません。10年より前の贈与であっても、特別受益にあたる限り、請求額から差し引かれます。
つまり、こういう非対称な構造になっています。義務者(請求される側)が受けた贈与は、10年より前のものであれば基礎財産に算入されず、遺留分の計算から外れます。ところが、権利者(請求する側)が受けた贈与は、何十年前のものであっても、特別受益にあたれば請求額から控除されるのです。
この違いは、交渉における主張の組み立てに直結します。請求する側は、自身が過去に受けた援助を「昔のことだから関係ない」と考えることはできません。逆に請求された側にとっては、相手方の古い特別受益を洗い出すことが、期間制限に縛られない有効な反論材料になります。遺留分の交渉を進める際には、この非対称性を前提に、双方の贈与の歴史を整理しておく必要があります。
「特別受益にあたるか」が実際の争点になる——学費の事例
期間内の贈与であっても、それが特別受益にあたらなければ基礎財産には算入されません。実務では、この「特別受益にあたるかどうか」が争点になることが多くあります。
当事務所が扱った事案では、遺留分義務者側から、「権利者は被相続人の生前に私立大学の学費を出してもらっていた。これは特別受益にあたる」という主張がなされました。確かに義務者自身は私立大学の学費を出してもらっていなかったという事情があり、一見すると兄弟間の不均衡があるようにも見えます。
しかし、この事案では、被相続人である父親自身も私立大学卒であったという事情がありました。親の学歴・資力・家庭の教育方針からすれば、子を私立大学に進学させることは扶養の範囲内の支出と評価でき、最終的にこの学費は基礎財産に算入されませんでした。
教育資金が特別受益にあたるかどうかは、金額の多寡だけでなく、被相続人の資力・学歴・家庭環境に照らして「その家庭にとって通常の扶養の範囲か」という観点から判断されます。同じ金額の学費でも、家庭によって評価が変わり得るということです。
立証の壁——古い贈与は資料が残っていない
生前贈与の主張には、もう一つ現実的な壁があります。贈与の事実を裏付ける資料の問題です。
当事務所が扱った事案では、権利者側から「義務者は被相続人から事業資金の提供を受けていたはずだ」という主張のリクエストがありました。しかし、その贈与は10年以上前の話であり、通帳・契約書・領収書など、裏付けとなる資料が何も残っていませんでした。主張自体は行いましたが、相手方に否定された場合に立証する手段がないという状況で、結果的に認められませんでした。
この事案は改正前の法律が適用されるケースでしたが、現行法の下では10年以上前の相続人への贈与はそもそも原則として算入対象外です。同じ状況であれば、主張すること自体を見送る判断になるでしょう。古い贈与を争点にする場合には、期間制限と立証可能性の両面から、主張する実益があるかを冷静に見極める必要があります。
弁護士への相談について
生前贈与が遺留分の計算に含まれるかどうかは、贈与の時期・相手・性質・立証資料の有無を総合的に検討する必要があります。「昔、兄だけが援助を受けていた」という感覚があっても、それが法的に主張できるものかどうかは、個別の検討が必要です。
遺留分の計算方法の全体像については
遺留分の計算方法を、請求の手続・交渉については
遺留分侵害額請求のページをご覧ください。
なお、遺留分を請求された側の対応については
遺留分を請求された側はどう対応するかで解説しています。