相続が開始し、被相続人の通帳を確認したところ、亡くなる前の一定期間に多額の出金が繰り返されていた——このような事実が判明したとき、相続人の多くは「これは返してもらえるのではないか」と考えます。しかし、出金の事実が確認できたからといって、それがそのまま返還請求につながるわけではありません。

出金が被相続人本人の意思によるものなのか、それとも財産を管理していた相続人が本人に無断で出金したのか。この判断が、使途不明金の問題における最初で最大の分かれ目になります。本記事では、実際の事案を踏まえながら、その判断のポイントを解説します。

判断の出発点——意思能力があったかどうか

本人の意思によるものか無断の出金かを区別する際、最も基本的な判断材料となるのは、出金の当時に被相続人本人に意思能力があったと認められるかどうかです。診断書や診療録によって、出金が行われた時期に被相続人が判断能力を有していたことが確認できれば、本人の意思に基づく出金であった可能性が高いと評価しやすくなります。

もっとも、こうした医療記録が十分に残っていないケースも少なくありません。その場合には、本人の生活状況や出金の使途に関する事情から、総合的に判断していくことになります。

生活状況——施設にいたか、自宅にいたか

医療記録が乏しい場合に重要になるのが、被相続人の生活状況です。具体的には、例えば、被相続人が施設に入所していたのか、それとも自宅で生活し、出金者である相続人と日常的に顔を合わせる関係にあったのかといった事情であったり、自ら外出して金銭支出をすることがあったか、といった事実関係です。

自宅で本人と出金者が日常的にコミュニケーションを取れる関係にあった場合には、出金について本人の了承があった可能性を一定程度推認させる事情になります。一方で、本人が施設に入所していて自宅にはいなかったという場合、出金者が普段から面会に訪れていた事実があればともかく、通常は日常的な意思確認の機会自体が乏しくなるため、無断出金であった可能性を疑わせる方向に働きやすくなります。

ただし、これはあくまで一つの考慮要素であり、自宅にいたからといって当然に本人の意思が認められるわけではありません。「本人と日常的に接していた」という関係性は、当事者間で「言った言わない」になりやすい部分でもあるため、最終的には客観的な資料による裏付けが重要になります。

使途の説明が具体的かどうか

もう一つの重要な判断要素が、出金者による使途の説明がどれだけ具体的かという点です。出金の使途を説明する際に、領収書やレシートなど客観的な裏付け資料があれば、それに越したことはありません。しかし、こうした資料が残っていないケースは多く、その場合には出金者の説明内容の具体性そのものが評価対象になります。

当事務所が扱った事案の対比から、大きく判断の傾向を示すと、次のようになります。

無断出金として評価された事案では、被相続人が施設に入所していたことに加え、出金者による使途の説明が「生活費として包括的に使うことを事前に許されていた」という非常に大まかなものにとどまり、個別の出金についての具体的な説明がありませんでした。施設入所という生活状況と、説明の抽象性が重なったことで、無断出金との評価につながりました。

これに対して、本人の意思に基づく出金と評価された事案では、被相続人が最後まで施設に入所せず自宅で生活しており、出金者による使途の説明が具体的で、かつその使途の中に出金者自身のための支出が含まれていないことが明確でした。生活状況と説明の具体性の両方が、本人の意思を裏付ける方向に働いた事案です。

この2つの事案からも分かるとおり、「施設にいたか自宅にいたか」という生活状況と、「説明が具体的で出金者自身の利益が混入していないか」という使途の中身、この2つの軸を組み合わせて検討することが、実務上の判断のポイントになります。

客観的な資料の重要性

出金が本人の意思か無断出金かは、最終的に「言った言わない」の水掛け論になりやすい問題です。だからこそ、客観性のある資料をどれだけ提出できるかが、交渉や調停での説得力を左右します。

診断書・診療録・介護記録といった医療系の資料に加えて、施設の入退所記録、領収書、出金時期と被相続人の生活状況との対応関係を示す資料などを、可能な限り集めておくことが重要です。資料が乏しい場合でも、出金の時期・頻度・金額のパターンを整理するだけで、不自然さが浮かび上がることがあります。

弁護士への相談について

使途不明金の問題は、通帳の記録を見ただけでは「不正かどうか」を判断できないことがほとんどです。本人の生活状況、出金者の説明内容、資料の有無などを総合的に検討した上で、返還請求が見込めるかどうかを見極める必要があります。

「出金は確認できたが、これが不正にあたるのか自分では判断できない」という段階でも、まずは通帳の記録と分かっている事情をお聞かせください。被相続人の預金調査の方法については被相続人の預金を調べる方法もご参照ください。使途不明金・生前出金の法的構成や遺産分割との関係については使途不明金・生前出金のページをご覧ください。