ご家族が亡くなった後、遺言書が見つかり、その内容を見て「本当に本人がこのような遺言をしたのだろうか」と感じることがあるかもしれません。
これまでの家族関係や被相続人の意向からみて不自然な内容であったり、作成当時の判断能力に疑問があったりする場合には、遺言の有効性そのものが問題となります。

もっとも、遺言の内容に納得がいかないことと、法的に無効だと主張できることは別の話です。
遺言は、法律で定められた方式に従って作成されていれば効力を生じるのが原則です。無効を主張する側は、どの点が法的な無効原因にあたるのかを具体的に示し、資料によって裏付けることが求められます。遺言能力、方式違背、口授の有無、生前の事情との整合性など、法的な争点を一つずつ整理していくことが重要です。感情的に「不公平だ」「不自然だ」と訴えるだけでは、裁判所に無効と判断してもらうことはできません。

遺言が無効になる代表的な場面

遺言能力の欠如

実務上最も多いのが、遺言作成時に遺言能力がなかったのではないかという争いです。遺言能力とは、遺言の内容とその法的結果を理解して判断できる能力のことです。民法は15歳以上で遺言できると定めていますが、問題になるのは主に高齢者の認知症・せん妄・精神疾患・脳血管障害などにより、作成時にその能力があったかどうかという点です。

認知症の診断があるからといって当然に遺言能力が否定されるわけではありません。

裁判所は、診断書・診療録・看護記録・介護認定記録などの客観的な資料において、改訂長谷川式簡易知能評価スケールの点数(裁判例においては、遺言作成時点に近い時点で15点以上の評点が与えられていたケースでは遺言の有効性が認められやすい傾向にあるようです。)、ミニメンタルステート検査(MMSE)の評点(同じく20点程度で有効性が肯定されやすく、17点以下ではほとんど無効という傾向があります。)、当時の日常的な言動、遺言内容の複雑さなどを総合的に見て判断します。

逆にいえば、遺言能力の欠如を主張する側は、これらの資料を具体的に揃えることが必要になりますし、その遺言が不自然であることを示すエピソードの主張なども重要となってきます。

方式違背

遺言は民法960条により、法定の方式に従わなければ効力を生じません。自筆証書遺言であれば全文・日付・氏名の自書と押印が必要です。公正証書遺言であれば、公証人が遺言者の口授を受け、証人2人以上の立会いのもとで作成する必要があります。証人に欠格事由(未成年者、推定相続人・受遺者およびその配偶者・直系血族など)がある場合も無効となります。また、2人以上が同一の証書で遺言する共同遺言は禁止されています。

公正証書遺言における「口授」の欠如

「公正証書遺言は公証人が関与しているから絶対に有効」と誤解されることがありますが、そうではありません。公正証書遺言であっても、遺言能力が欠けていた場合、証人に欠格事由がある場合、あるいは民法969条の「口授」が実質的に欠けていたと評価される場合には、無効となり得ます。

口授とは、遺言者が自分の言葉で、誰にどの財産をどのように処分するのかを公証人に述べることです。公証人の質問にうなずいたり肯定的に応答したりしただけでは、口授として十分でないと判断された裁判例があります。この点は、形式が整っていても手続の実質が民法の要求に達していなければ無効になるという意味で、実務上かなり重要な争点です。

実務で結論を左右するのは「何を証拠にするか」

遺言無効の争いで最終的な結論を左右するのは、抽象的な主張よりも具体的な事実の積み上げと、それを裏付ける客観的な資料の質です。

遺言能力を問題とするのであれば、診断書だけでなく、作成前後の診療録・介護記録・施設職員の記録・面会時の様子・日常生活での判断状況などを確認することが重要です。遺言の内容自体も判断材料になります。極端に不自然な配分や、それまでの人間関係・従前の遺言内容と大きく食い違っている場合には、その不自然さが遺言能力欠如を推認させる間接事情になることがあります。

口授が争点になる公正証書遺言では、公証人とのやり取りの具体的内容が問われます。単に公証人の質問にうなずいた、肯定したというだけでは足りず、遺言者が自分の言葉で、誰にどの財産をどのように処分するのかを語ったといえるかが問われます。形式だけ整っていても、中身の手続が民法の要求に達していなければ無効になるという点で、実務上かなり重要です。

また、時間が経つほど診療記録や介護記録の取得が難しくなり、関係者の記憶も薄れていきます。「争うかどうかまだ決めていない」という段階でも、資料の確保だけは早めに動いておくことが重要です。

裁判例からみる無効判断のポイント

裁判例でも、遺言能力や口授の有無が中心争点になることが多いです。

東京高裁平成25年3月6日判決は、妻に全財産を相続させる旨の自筆証書遺言の後に、妹に全財産を相続させる旨の公正証書遺言が作成された事案です。精神疾患で入院していた遺言者の具体的な問題行動から判断能力が不十分と認められること、妻が生存しているにもかかわらず全く反対の内容の遺言を作成するという経緯の不自然さなどを踏まえ、遺言能力を否定して公正証書遺言を無効としました。

東京高裁平成27年8月27日判決は、公正証書遺言の口授が争点となった事案です。口授は、公証人による「読み聞かせ」(民法969条3号)および遺言者による「承認」(同条4号)とは別の方式として設けられた趣旨から、遺言者が公証人の確認に対して肯定的に応答した(うなずくなど)だけでは足りないとして、無効と判断しました。

東京地裁平成28年8月25日判決は、遺言作成の約2か月前の認知機能検査結果やその後の認知症診断、医師の意見書等を踏まえ、遺言能力がなかったとして公正証書遺言を無効としました。

これらの裁判例から分かるのは、裁判所が「公正証書遺言だから有効」と単純には考えていないということです。作成時の心身状態、遺言内容の合理性、作成手続の具体的経過を総合して判断しています。遺言の無効を争う側としては、その総合判断に耐えるだけの具体的な資料収集が欠かせません。

無効を争う前に整理しておくこと

遺言無効の主張を検討する前に、何を目的として争うのかを明確にしておく必要があります。遺言の全部を無効としたいのか、一部の条項だけを問題にしたいのか。遺言無効を主張した後に遺産分割協議や遺産分割調停で解決することを見込むのか。それとも別の手段を考えるのか。ここが曖昧なままだと、資料収集も訴訟方針もぶれやすくなります。

遺言の内容に不満があっても遺言自体の無効を争うのが証拠上困難な場合には、遺留分侵害額請求という別の手段を検討する方が現実的な場合もあります。どちらの手段が適切かは、証拠の状況と見通しを踏まえて判断する必要があります。

また、訴訟の見通しという意味では、相続人間でどこまで認識が一致しているかも大切です。全員が「この遺言はおかしい」と考えているのか、一部だけが争うのかで、進め方はかなり異なります。

相続開始前後に被相続人の預金から不自然な出金があった場合には、遺言の有効性の問題と並行して使途不明金・生前出金の問題が生じていることもあります。事案全体を見渡した上で対応方針を組み立てることが重要です。

弁護士への相談について

遺言の無効を争う場面では、感情的な納得感と法的に通る主張が一致しないことが少なくありません。弁護士が関与することで、まず争点を「遺言能力」「方式違背」「口授の欠如」などに整理し、どの資料を集めるべきかを早期に見極めることができます。また、遺言を全面的に争うことが本当に適切なのか、遺留分侵害額請求や遺産分割の中で解決を図る方が現実的なのかを、証拠と見通しを踏まえて検討することも重要です。

遺言の有効性に疑問があるときは、早めにご相談ください。遺言能力や口授の有無を争う場合には、作成当時の具体的状況を示す資料の確保が重要であり、時間が経つほど対応が難しくなります。福岡で遺言の有効性についてお悩みの方は、弁護士法人本江法律事務所までご相談ください。

なお、遺言書を作成する側の立場からは、無効リスクを抑えた形で遺言書を設計することが重要です。公正証書遺言の作成や内容設計については、遺言書作成のページもご参照ください。