被相続人に借金があることが分かったとき、相続人には大きく三つの選択肢があります。プラスもマイナスも全て引き継ぐ「単純承認」、一切を引き継がない「相続放棄」、そしてプラスの財産の範囲内でのみマイナスの財産を引き継ぐ「限定承認」です。

このうち限定承認は、「財産が残るかもしれないが借金がどれだけあるか分からない」という状況で有効な手段として知られています。しかし実務上、限定承認が選択されるケースは多くありません。その理由と、相続放棄との使い分けのポイントを整理します。

相続放棄と限定承認——制度の違い

相続放棄は、相続人が相続の開始を知ってから原則3か月以内に家庭裁判所に申述することで、最初から相続人でなかったものとみなされる手続です。プラスの財産もマイナスの財産も、一切引き継がないことになります。

限定承認は、相続によって得たプラスの財産の範囲内においてのみ、被相続人の債務を弁済するという条件付きで相続を承認する手続です。たとえば、プラスの財産が300万円、借金が500万円だった場合、限定承認をすれば弁済は300万円までで済み、残りの200万円については責任を負いません。財産がプラスになれば手元に残りますし、マイナスになっても自己の財産で補填する必要がない、という仕組みです。

限定承認が有効に機能する場面

限定承認が実際に意味を持つのは、次のような状況です。

一つは、財産の全体像が把握できておらず、プラスになるかマイナスになるか見通しが立たない場合です。相続放棄をしてしまうと後からプラスの財産が出てきても取り戻せませんが、限定承認であれば残余財産を受け取ることができます。

もう一つは、被相続人の所有していた特定の財産(自宅や家業の設備、思い入れのある不動産など)を手元に残したい場合です。限定承認では、相続人が先買権(民法932条但書き)を行使し、鑑定評価額で財産を買い取ることによって競売を止めることができます。

限定承認の実務上の難しさ

このように制度としての合理性はありますが、限定承認には実務上の負担が大きいという現実があります。

まず、相続人全員で共同して申述しなければなりません。相続人の一人でも反対すれば限定承認はできず、全員の足並みが揃わない場合には事実上選択できません。相続放棄について、各相続人が単独で行えるのとは対照的です。

次に、手続が複雑です。限定承認をした後は、相続財産の管理・清算・債権者への公告・弁済という一連の手続を経る必要があります。弁護士など専門家のサポートなしに進めることは難しく、そのための費用と時間もかかります。

さらに、税務上の問題があります。限定承認は単純承認の場合と異なり、被相続人から相続人に対して相続財産が時価で譲渡されたものとみなし、譲渡所得税が課される「みなし譲渡課税」が生じる場合があります。これにより、不動産が値上がりしていた場合などに、想定外の税負担が発生することがあります。

実務上の判断——相続放棄を選ぶ場合がほとんど

上記の負担を踏まえると、財産よりも借金が多いことがほぼ確実な場合や、特定の財産を手元に残す必要がない場合には、相続放棄の方がシンプルで確実な選択です。手続が各相続人単独で完結し、清算手続や課税の問題も生じません。

限定承認が検討に値するのは、「財産がプラスになる可能性が相当程度ある」「特定の財産をどうしても残したい」「相続人全員が協力できる」という条件が揃っている場合に限られます。弁護士に相談する際には、財産・負債の概要と相続人の状況をお伝えいただくことで、どちらが適切かを判断しやすくなります。

相続放棄の手続・期限・単純承認のリスクについては、相続放棄のページで詳しく解説しています。まずは現在の状況をお聞かせください。